なぜ私は「体の使い方」にこだわるのか

八光流柔術と皇法指圧から学んだ体の使い方

八光流柔術との出会いが「体の使い方」の原点でした

25年前、テレビで見た武術家の動きがきっかけでした。

小柄なおじいさんが、自分より大きな男性を何人も軽々と崩している。

強く押しているようには見えないのに、相手の体が自然に崩れていく。

力んでいるようにも見えません。

「こんなことが本当にできるのか?」

そこから、体の使い方を追いかけ続けるようになりました。

その後、私は八光流柔術の稽古を通して、力任せに相手を動かすのではなく、 「位置・方向・タイミング」 を整えることで、必要以上の力を使わずに人や物を動かす原理を学びました。

八光流には柔術だけでなく、皇法指圧や皇法医学の考え方も伝えられています。

私は、二代目宗家・奥山龍峰先生から皇法指圧と皇法医学を直接ご指導いただきました。

講習修了後も、毎週二回ほど宗家ご自身の体をお借りし、 実際に指圧を行いながら継続的に学ばせていただくという、 大変貴重な機会に恵まれました。

こうした経験と、指導講師として学びを深める中で、 体を痛い場所だけで見るのではなく、 全身のつながりとして捉える視点 を身につけてきました。

柔術と皇法指圧。一見すると別のものに見えますが、そこには共通する考え方があります。

人の体も、物の動きも、
「強さ」だけではなく「整合性」によって動く。

位置や方向がかみ合わなければ、大きな力を使ってもうまく動きません。

反対に、それらが整えば、余計な力を使わなくても自然に動かすことができます。

整形外科で確信に変わったこと

その後、整形外科で骨折や脱臼の整復に携わる中で、武術で学んだ原理が、実際の医療現場にも通じていると感じる場面を何度も経験しました。

例えば脱臼です。

外れた骨を元の位置へ戻そうとしても、痛みや恐怖によって筋肉が強く緊張すると、体は抵抗します。

そこで力任せに引っ張れば、体への負担が大きくなり、二次的な損傷につながる危険もあります。

大切になるのは、

・どこを支点にするか
・どの方向へ導くか
・どの程度の力で十分か

といった、位置や方向、力加減を正確に見極めることです。

原理はシンプルですが、実際に行うのは簡単ではありません。

この考え方は、江戸時代に整骨学の発展に寄与した二宮彦可の整骨書にも見られます。

そこでも重視されていたのは、力任せに動かすことではなく、体の構造や動く方向を見極めることでした。

武術の稽古で学んできた原理が、歴史的な整骨術にも通じ、さらに現代の整形外科の現場でも役立つことを経験できたのは、私にとって大きな確信になりました。

八光流で学んだ考え方を、現在の施術へ

この原理は、脱臼の整復や武術だけに限った話ではありません。

人は、姿勢が崩れたまま動いたり、必要以上に体を力ませたりすると、本来よりも大きな力を使うことになります。

その状態が続けば、腰や肩、膝など、特定の場所に負担が集中しやすくなります。

しかし、立つ位置や関節が動く方向、力を入れるタイミングが整うと、余計な力を使わなくても体は自然に動きやすくなります。

この考え方は、施術にも、立ち方や歩き方、日常の体の使い方にも共通しています。

だから当院では、

強く揉みません。
無理にボキボキしません。

痛い場所だけを見るのではなく、姿勢や歩き方、呼吸、全身の連動を確認しながら、どこで余計な力を使っているのかを見ていきます。

そして、痛みや姿勢、スポーツのパフォーマンスを改善するために、その方の体に合った動き方を一緒に探していきます。

必要なのは、強い力ではなく、体を正確に扱うことだからです。

沖縄で八光流柔術や皇法指圧に関心のある方へ

八光流柔術や皇法指圧という名前を、沖縄ではあまり聞いたことがない方も多いかもしれません。

私自身、八光流の稽古や皇法医学の学びを通して、力に頼らない体の使い方や、体を全体のつながりとして見る考え方を学んできました。

このページが、沖縄でも八光流柔術や皇法指圧の考え方に触れられる場所があることを知っていただく、ひとつのきっかけになればと思います。

体は、使い方で変わります。

沖縄・豊見城市で、本気で体を変えたい方はご予約ください。